東北被災地視察ー私の知らない日本ー

私は日本の地方に行ったことがほとんどない。兵庫生まれではあるが、横浜と東京で育っており、完全な都会っ子である。九州や四国は行った事が無いし、北の方にはスキーに行ったぐらいである。さらに旅行や出張では海外に飛んでしまうことが多く、日本国内を見る機会は尚更少なかった。

そんなわけで、半年前に日本に帰国してから、地方に足を運ぶように心がけている。今週末は大学時代の友人が調査で被災地に行くというので、お願いして同行をさせてもらった。私は東北大震災時には海外におり、被災地も見たことがなかったので、これは大変貴重な機会だった。 いくつか感じたことを徒然に書き留めておく。ちなみに視察したのは石巻市がメインで、気仙沼、陸前高田などを経由し、釜石まで北上した。

・周りの人との繋がりを失ったために、精神的な面で傷が癒えていない人が多い。 中でも、いわゆる社会的弱者(独居高齢者、シングルマザーなど)は、周りのサポートを受けにくいため、精神的に病んでしまう傾向にあるらしい。彼らも、震災前はご近所などの地域とのつながりがあったと思われるが、震災後は周りの人が亡くなったり、仮設住宅でバラバラになったり、とするらしい。すなわち、地域コミュニティが崩壊してしまい、それが精神的な回復を遅らせている、ということである。 ちなみにこのような地域コミュニティの崩壊というのは、特に日本人にとってはかなりの打撃になるのではないかと思う。日本人は文化的に、自分の存在価値を自分の内面ではなく、外部からの認知に頼る傾向がある。すなわち、自分で自分に価値があると信じられる人が少なく、周りの活動・輪の中に入れてもらって初めて自分の存在価値を感じる人が多い。これは特に、昔からある下町や、田舎において特に顕著な傾向であると思われる。

・復興は、元のように戻すのみならず、新しい取り組みが多く入ってきている。

例えば、社会的弱者の訪問を市からの受託で行ない、彼らを巻き込んだ様々な活動(例えば農作業など)を行って精神的な傷を癒していくという社会企業が動いている。新たな水産加工所、野菜工場の建設が検討されている。銀だこの本社が、復興支援のために、石巻に移転している。現地の大学生が、商店街の商品プロデュースに関わり、利益を出している。このようなバイタリティのある新たな取り組みは非常に面白いし、必要不可欠だと思う。

・この視察では、大きな感情移入はできなかった。 町中に打ち上げられた船、中身が完全に流された学校の建物、鉄筋だけ残った防災所などを見て、津波の絶さは伝わってくる。しかし正直なところ、私はあまり感情移入はできなかった。涙を流すような衝撃を受けなかったし、助けてあげたいという感情も沸かなかった。私のとって震災は、まだ他人ごとの域を出ていないようだ。残酷のように思えるが、感情はコントロール出来ない。もっと、感性を研ぎ澄まして、より多くの現地の人と話せば、もう少し何か分かるのかもしれない。

ちなみに、連休であることもあってか、かなり多くの外部の人が被災地に入っていたようである。私は、被災地支援は、支援を受ける側だけでなく、支援をする側にとっても必要なことなのではないかと思う。社会が様々な面で閉塞しており、自分の価値を見つけることが難しくなっている。そのような状況において被災地支援は、非常に明確に、自分の価値を認識できる行為なのだ。上述したように、日本人は「周りの活動、輪の中に入れてもらって初めて自分の存在価値を感じる」のであろうから。

東北

川の中に孤立する建造物

打ち上げられた船

 

広告

ukendayo について

I am curious about Wordpress.
カテゴリー: Uncategorized パーマリンク

東北被災地視察ー私の知らない日本ー への1件のフィードバック

  1. ミヤタ より:

    >日本人は文化的に、自分の存在価値を自分の内面ではなく、外部からの認知に頼る傾向がある。
    『世間とは何か』(講談社現代新書)にも同様の指摘がある(碓井はこの本を読んでいるのかと思った)。ここでの「外部」は「世間」だ。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中