経済学検定試験を受けてみた

経済学検定試験というものがある。ミクロ経済学、マクロ経済学、国際経済学、財政学、統計学の5つからなる検定試験で、TOEICのようにスコアと偏差値が出て、AとかBとかのランクがつく。今回この簡易版の、ミクロとマクロだけのものを受けた。

知名度はおそらくとても低い検定試験。しかしそれでも受けてみようと思ったのは、いいモチベーションになるし、自分の力が客観的に評価されるからだ。この試験のために、友人に経済を教えてもらいつつ、問題集を結構やっていた。

感触としては、あまりできなかった。おそらく平均点前後になるだろう。付け焼刃の限界ということなのかもしれない。試験としてはいい試験だと思うので、次回に期待したい。

それよりもこの試験で分かったのは、知識には枠組みが必要だということ。今回の試験勉強を通じて、今まで頭の中にほうってあっただけの雑多の知識が、整理されていくのを感じた。経済学のような体系だった学問を知っていることで、さまざまな情報、知識の意味というのが分かってくる。

部屋を整理せずに散らかしておけば、価値あるものも埋もれてしまい、どこに何があるのか分からなくなる。知識もきっと同じなのだろう。学問という、体系だった箱や引き出しがあってこそ、知識の価値が出てくるのだと思う。

国際教養学部の卒業生の多くが感じているのが、おそらく「大学生活楽しかったけど、何を身に着けたのか分からない」ということだ。僕は、彼らが勉強していないわけではないと思う。むしろ、まじめに勉強に取り組んだ人たちだ。しかし、専攻というものを持たず、興味のあるものを手当たり次第にとっていった結果、知識の枠組みを持たずに卒業してしまったのではないか。結果、雑多の知識はたくさん持っているが、どんな知識をもっていて、それをどう使えばいいのか、自分で把握できていないという症状だ。

イギリスまであと2ヶ月強。今のうちにこの「枠組み」を強化しておきたい。そして、この単純な事実にあと2年早く気づいていたかった。

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経済学検定試験を受けてみた への2件のフィードバック

  1. みやた より:

    >興味のあるものを手当たり次第にとっていった結果、知識の枠組みを持たずに卒業してしまった
    蓋然性の高い指摘だと思う。

    まず枠から入ると、枠からもともとこぼれている部分は掬い取られないし、体系を押さえることで満足する可能性が高いので、到達レベルが安定すると思う。一方、手当たり次第の場合、それをまとめあげる部分がないと、指摘の通り、到達レベルの幅がばらばらになる。

    幸か不幸か、自分は結局国際政治と開発イシュー、加えて認知科学・哲学など、自前で体系化を試みた(頭でこね回した)感があるけど、おかげさまで、王道(=誰かが体系化して作った体系)からは掛け離れて、好き勝手に触手を伸ばし続けてる(笑) アマチュアになってきた。
    自分の場合はサークル活動の過程・結果を反映してるけど、アカデミックなサークルじゃないとしづらい。学問体系化を、個々の努力に帰するのは、ややハードルが高いと思う。(その基礎が出来上がったと思えた時点で、一旦卒業していいと思うし)

    なので、ばらばらに集めた部分を再構成・再定義し直すカリキュラムを作る必要はあるかもしれない。3年夏・秋に、捉え直す(≒自分なりの体系化を試みる)時期を設定するとか、かなあ。

  2. SHOSHI より:

    経済学検定の結果はどうでしたか?
    差し支えなければ結果を教えてください。

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